「嶋田智之の目」話題のEVに乗って感じる、3ペダルMTだけが持つ“クルマを操縦する”楽しさ

クルマを選ぶ テーマ別特集

日本で販売される新車は、99%がCVTなどを含むAT(オートマチック・トランスミッション)だと言われています。MT(マニュアル・トランスミッション)はわずか1%。しかし、MTが設定されるモデルでは、MTの販売比率が高くなっているというデータもあります。MT車の面白さはどこにあるのか。自動車ライターの嶋田智之氏が紐解きます。

【モーターで走るEVに多段式のギアは不要

ちょっと前に自動車雑誌の仕事でポルシェ タイカンに試乗していたとき、「あっ、そうだった!」と気づいたことがきっかけでした。

長い加速をしている途中で軽く「トンッ!」と変速ショックがあって、タイカンがEV(この場合はバッテリーとモーターで走る100%ピュアEV:以下同)にしては極めて珍しく、変速機を備えているということを思い出したのです。

もちろんそれは、加速の強力さと最高速度の伸びを両立させ、航続距離をも伸ばすため。これ、実はめちゃめちゃコストがかかることなんです。

ガソリンや軽油を爆発させて動力に変える内燃機関を持ったクルマの場合、ある程度エンジンの回転を上げないとクルマを前に進ませる推進力が出てきにくいし、チカラが強く出てくる回転域に入れていないと活発には走らせにくいという性質があります。

さまざまな走行シーンに応じてその回転域を保ちやすくするために、変速機、つまりトランスミッションが必要になるわけです。

けれどEVの場合、電気がピッと流れた瞬間から実力を100%発揮できるモーターを推進力としているため、ゼロ発進からの微速域でも中間加速でも登り坂での速度キープでも高速走行でも、基本的にはモーターとひとつの固定ギアでまかなえてしまうのです。

日常的な速度域は楽勝でカバーできちゃうし、さらにはどの速度域でもチカラ強い。おまけに電子制御との相性が抜群にいいから、駆動力の調整も実に巧み。トランスミッションなんかいらないよね、となるのも当たり前といえば当たり前なのです。

ハイブリッドカーの中にさえ、そうしたモーターの特性を利用してトランスミッションを省いたモデルがあるくらい。

時代ははっきりと変わりつつあるのです。現時点では世界中の自動車がすべてEVになることはないだろうと考えています──その理由は長くなるので割愛します──が、EVの占める割合が次第に大きくなっていくのは確かでしょう。

走りの滑らかさだとか静けさだとかフィーリングの高級感だとか、そうしたところを比較するならEV優勢です。ネックとなっている充電関連の問題がクリアになっていけば、EVを選択肢のひとつに据える人は増えていくことでしょう。

ふとした瞬間に感じるEVのインスタントさ

でも、何だかちょっとモヤモヤとした気分。

いや、僕はEV反対論者じゃないし、EVならではの美点やメリット、EVならではの楽しさというものが確かにあるってことも知っています。もちろん、嫌いでもありません。

でもふとした瞬間に、ちょっとインスタントかもなぁ……と複雑な気持ちが生まれてきてしまうのです。

なぜクルマを走らせるのか。それは人によって異なるでしょうし、そうであって当然です。

けれど多くの人は、単にクルマを走らせるということそのものに、楽しさや気持ちよさのようなものを感じているはずです。

そのうちの何パーセントか何十パーセントかはわかりませんが、僕も含めた数寄者ドライバーたちは、クルマという乗り物を“操縦”することにおもしろさを見いだしてしまっています。そうなると、どうしてもその感覚が濃厚なものの方に気が惹かれてしまう。

自分は今、クルマを操縦しているのだ!

例えば手動式のギアボックス、いわゆるMT=マニュアルトランスミッションです。

今となってはハッキリと少数派だし、昨今の出来映えのいいAT=オートマチックトランスミッションや、DCT=デュアルクラッチトランスミッションといった2ペダル式と較べるとパフォーマンス面でも分が悪い、3ペダル式。

もはや2ペダル式は楽チンであるだけじゃなく、DCTもATも制御が相当に賢いし、僕たちがクラッチを踏んでシフトスティックをコクンと動かすよりもはるかにスピーディかつスムーズにギアの切り換えを完了させるし、シフトミスをすることもありません。

強大なパワーを持つスーパースポーツカーたちのカタログからMTがほぼ消えたというのも理解できます。せっかくのエンジンのパフォーマンスをきっちりとスピードにつなげるためには、もはやドライバーの手動操作では間に合わないという領域に突入して久しいからです。

けれど、左足でクラッチペダルを踏み、自分の腕でシフトスティックを操作してギアを切り換えるという一連の動作が、ドライバーに「自分は今、クルマを操縦しているのだ」という感覚をたっぷりと味わわせてくれるのは、紛れもない事実。

車速やエンジンの回転数や走っている道の表情や周囲の状況から脳ミソと感覚を総動員して適切なギアを選び出し、高まるエンジンのサウンドを耳にしながら自分の手足を駆使し、積極的に変速していく作業。それがピタリと決まってクルマがいきいきと走ってくれたときの歓びは、何ものにも代えがたいものなのです。

変速パドルの備わった2ペダルであれば、そこそこ似たような歓びを得ることはできますが、フィジカルな動作が大きい分だけ、3ペダルの方が感覚は濃厚です。

MTの魅力は車種ごとに個性が異なること

そしてMTの場合は、車種ごとに──より正確に言うなら搭載されるギアボックスごとに──個性があって、味わいがだいぶ異なります。いわゆる“シフトフィール”というヤツですね。

1980年代半ば過ぎくらいまでのポルシェ 911は、“蜂蜜の壺をかき混ぜるよう”と表現されていたくらいで、慣れないうちはどこにエンゲージしたらいいのか掴みにくいのですが、グニュッとした感触のその先にコツンとギアが入る感覚があって、スムーズに操作ができるようになったときにはたまらない高揚感を感じたものでした。

アルファロメオの初代ジュリアに初めて乗ることになったとき、当時勤めていた自動車雑誌編集部の先輩から「1速は2速に軽く当ててからにすると入りやすいし、ギアを傷めない」と教わって、シフト操作にも“儀式”があることを知りました。

MG ミジェットという英国の古くて小さいスポーツカーのそれは、手首の返しひとつでコクコクと決まってくれて、その小気味よさを味わうために意味もなく操作したくなったりしたものでした。

“醜いアヒルの子”と呼ばれたシトロエン2CVのシフトスティックはダッシュボードの真ん中から水平に生えていて、その先端にある丸い玉を握って左に捻ったり右に捻ったり前に押したり手前に引いたりしてシフトする、ちょっと変わったタイプです。スピーディーな操作にはまったく向かないし、感触そのものもクシュッとしていて、どういうわけか明確な意志を持って操作しなければならないような気持ちにさせられたものでした。

昔のフェラーリはシフトスティックの根本に金属性のプレートが備わっていて、そこに切られているゲートに沿ってエンゲージするたびにスティックとプレートが触れ、「チン!」と心地よい音を奏でてくれたものでした。それは長らくフェラーリを象徴する代名詞のようなものでした。

自分自身の気持ちがバランスを欠いていたりするときには「ガチン!」という嫌な音を立てながら渋々受け止めるような感触があって、気持ちに曇りがないときには「チン!」と澄んだ音を聞かせてくれながらギアもスルッと収まってくれる。そんなふうに操る人間との関係性をどこか推し量るところがある、稀有な存在でもありました。

トヨタ GR86は初期受注の7割がMT!?

昔の名車ばかりではありません。MTはここ日本でも絶滅を危惧するくらいの少数派になりましたが、それでも昨今の日本車にも素晴らしいMTを持ったクルマが存在します。

その代表格は、マツダ ロードスターでしょう。操作感の適度な重さ、正確さ、カッチリ感、エンゲージするときのちょっとしっとりしたような感触、スイッと入っていく決まりのよさ……。どこをとっても満足感たっぷり。現状、世界のトップレベルにあるMTだと個人的には感じています。

昔の名車たちのMTの個性というのは、今ほど技術が成熟していなかったことに起因して結果的に生まれたものといっていいでしょうが、今は違います。メーカーが念入りにチューニングし、作り込んできています。

新型のトヨタ GR86/スバル BRZのMTも、先代と較べるとさらにフィーリングがよくなっています。日本全体の新車販売台数から考えたら数パーセントにしかならないMTの分野にも、自動車メーカーはちゃんとチカラを入れてくれている、というわけです。

とはいえ、ロードスターでは近年でもMT比率は7〜8割を占めていると言われていますし、昨年発売になったGR86でも初期受注の7割近くがMTだったそうです。

特に購入者のおよそ3割が20代、30代というGR86の数字を思うと、3ペダルでクルマの“操縦”を楽しみたいと願う人はこれから少しずつ増えていくのかも、という希望的予測を立てたい気持ちにもなってきます。

1970年代のフィアット 500を走らせて感じること

僕がここしばらく日常のアシにしているのは、1970年式のフィアット 500というクルマです。“ルパン三世の愛車”としても知られている、昔のイタリアの庶民のクルマでした。

50年も前のクルマですから、トランスミッションは当然ながらMT。しかもギアはたったの4段です。エンジンは499.5ccで、パワーはわずか18馬力、トルクは3.2kgmしかありません。

これを現代の路上でほかのクルマのストレスにならないよう走らせるためには、4段のギアを巧みに切り換えて、なけなしの馬力とトルクを効率よく使っていくことが求められます。何も考えずに漫然と走っていたら、走る路上障害物みたいになりかねません。

一般的なクルマを走らせるよりも頭と神経をかなり使いますし、ギアの切り換えにダブルクラッチという死語にすらなっている操作を加えなければならないこともあって、操作もかなり忙しいです。ちゃんと明確な意志を持ってちゃんと正確に操作しないと、ちゃんと綺麗には走ってくれません。

が、それがまた何ともいえず楽しいのです。クルマを“操縦”している感覚がめちゃめちゃ濃厚なのです。500馬力だ600馬力だ700馬力だっていう強烈なクルマにも当たり前のように試乗してきていますが、高速道路などではがんばってもスピード違反で捕まる領域までいけないこのクルマの方が、そこの濃さからいったら上だと感じるくらい。

それに、このクルマを転がしていると、以前から僕の頭の中にある「シフトスティックを操作するのって、どこか“生きる”ってことに似ているよな」っていう想いがより強く意識させられるのです。

自分の意志でギアを選択して自分の手でギアを切り換えるという行為が、自分の意志で生きるスピードや生き方そのものを決めて前へと進んでいくことのように思える、というその感覚が。

それが社会なのか人なのか、誰かに生き方を決めてもらってレールをなぞるのは、とても楽チンです。だけど僕は、生きるスピードを、生き方を、自分自身で決めていきたいと思っています。

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【まとめ】MT車には、面倒を引き受けるだけの価値がある

僕は2ペダルが嫌いなわけでもないし、2ペダルしか運転しない人を蔑むような気持ちもまったく持っていませんが、それでも段トツに3ペダルのMTが好きなのは、単純に楽しいということももちろんですけど、根っこにはそういうところもあるのかもしれません。

2ペダルを走らせていてそんなふうに“生きる”ことに想いを馳せた覚えは一度もないので、なるほど、わざわざクラッチペダルを踏んだりシフトスティックを動かしたりする面倒を進んで引き受けるだけの価値はあるな、なんて感じています。

EVが台頭してきて変速機というものの存在が希薄になっていく、という頃合い。時代に逆行するかのようにそんなことを考えちゃったのは、僕が旧人類に属する生き物だからなのかもしれません。

でも間違いなくこれからも、僕は手元に必ず1台、めんどくさい操作が必要なクルマを置いておくことになるんだろうな、とも思っています。

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