前回は、EVシフトしないメーカーも?!自動車メーカーの最新動向についてお話ししました。今回は、2022年5月にデビューした軽EV「日産 サクラ」「三菱 eKクロス EV」が日本のモビリティ社会にどのような影響を及ぼすのかについてお話しします。
日産 サクラのEVライフの視点からみた主要スペック
この項では、日産 サクラを所有したときに重要となる、EVならではのスペックに着目します。走りや乗り心地などについては、【日産 サクラ 新型試乗】軽EVとして死角なしの完成度!所有する前の注意点を伝授|編集長責任執筆の記事をご覧ください。
※「日産 サクラ」「三菱 eKクロス EV」は、日産・三菱とその合弁会社「NMKV」3社が協力して開発した軽EVです。
バッテリー容量は「20kWh」
最近続々と登場するEVで多いミドルクラスのバッテリー容量は、60〜90kWhあたりとなっています。日産 リーフのバッテリー容量は、40kWhと60kWh。ちょうどサクラの倍数になっていますね。現時点ですべてのEVのバッテリー容量の平均値を求めるのは、いささか時期尚早ですが、60kWhが標準的な容量といえるでしょう。
サクラ・eKクロス EVのバッテリー容量、20kWhは新型EVでは最も小さい(高速道路を走れない超小型モビリティは除く)クルマとなります。ちなみに、2006年にデビューした三菱の軽EV「i-MiEV(アイミーブ)」と、同じEVパワートレインを搭載し2011年にデビュー、2021年3月に生産終了するも、高まる法人需要に応えて2022年11月から販売再開した「ミニキャブ ミーブ」のバッテリー容量は、16kWhです(i-MiEVには10kWhバッテリーモデルがありました)。
航続距離は180km
満充電で走行可能な航続距離は、WLTCモードで180km。この航続距離は相当に走行条件が良いときで、バッテリーが空になるまで走らない(だいたい、バッテリー残量20%台で充電したくなり、10%を切ると不安で焦ってしまいがちです)ため、リアルな航続距離は、ちょっと辛く見て100kmと考えるといいでしょう。
急速充電は最大30kWに対応、普通充電は2.9kW対応。
高速道路のサービスエリアなどに設置されている公共EV急速充電器の出力は、40、50kWが主流で、海老名SA、大黒PAなどごく一部で90kW機が設置されています。道の駅やコンビニなどに設置されていることが多い、古い型の機器は30kW以下の中・低速器となります。今後は、50kW器を中心に、90kW器への機器更新、新設が進んでいくでしょう。
こういうEVインフラの現状に対して、サクラ・eKクロス EVの急速充電器に対する受電容量は、30kWとなっています。これは充電容量が小さいため、バッテリーを保護するための設計です。
最近の一般家庭にも設置できる200V普通充電では、6kWhが出てきており今後のメインストリームとなるでしょう。しかし、サクラは、すでに普及が進んでいる一般的な3kW機を基準にしています。
サクラ・eKクロス EVの受電容量を超える出力の急速・普通充電器で充電した場合は、サクラの受電容量に充電器側が自動で調整します。
急速充電時はSOC50%を超えると充電速度を抑える
SOCとは、「State Of Charge」の各単語の頭文字をとった略称で、充電率(いわゆるバッテリー残量)または充電状態を表す指標のことをいいます。
サクラ・eKクロス EVは、バッテリー保護のため、急速充電時はQOC50%を超えたところで充電器側が給電出力を絞る設定となっています(充電器とクルマ側のバッテリーマネジメントシステムは、充電中常に充電状態の情報のやりとりをして、充電器側がクルマ側に合わせて出力を調整する仕組み)
サクラは軽自動車ユーザーの標準的なカーライフスタイルにマッチする
軽自動車とコンパクトカーのユーザーの約8割が、1日あたりの走行距離が50km、約5割は30km以下だった、とサクラの発表会で日産が調査した結果を伝えていました。日産は、このカーライフスタイルで十分使えるバッテリー容量であれば、コストを抑えて生産販売できると踏んだといいます。
フタを開けてみると、日産の目論見が見事に当たりました。
電費が悪かったとしても、満充電で出発し約50kmを走行したときのSOCは、50%は残っていることでしょう(歯切れの悪い表現で申し訳ない。筆者が試乗テストしたわけでもなく、ユーザーがSNSなどに投稿する実電費情報などからの推測)。帰宅後、クルマから降りたついでに充電ポートにジャックを挿せば、次の日の出発までには満充電になっています。
ガソリンスタンドに行かなくてもいい
日本のガソリンスタンド店舗数は、1994年(平成6年)の60,000店舗をピークに減少が進み、2021年にはその半分以下の約28,000店舗になってしまいました。その背景には、クルマの燃費性能向上による燃料消費の減少からくる経営難に加え、2010年6月の消防法改正で、埋設後40〜50年を超えた地下タンクへの規制が強化され、その多額な費用が捻出できず廃業に追い込まれたスタンドが続出したということがあります。
地方では、最寄りのガソリンスタンドまで往復1時間以上、クルマを走らせることも珍しくなくなってきました。
そんな中、自宅で充電できる軽EVは救世主。サクラ・eKクロス EVがデビューする前は、三菱 i-MiEV、ミニキャブ MiEV といった軽EVがありましたが、バッテリー容量が少なく車両価格が高いこと、使い勝手のよいトールワゴンタイプではなかったことなどから、一般消費者には広く受け入れられませんでした。
サクラ・eKクロス EVはEV補助金を使うと、自治体によっては実質、最安130万円台で買えるEVとなったことも多くの消費者に受け入れられました。
サクラは受注好調。ただし補助金が尽きるまでか
日産は、サクラの発表から3週間で受注11,000台を突破したと発表、2022年10月の全軽自協の新車販売確報では、累計14,822台を販売しています。サクラ・eKクロス EVの発表から10月までの販売台数の推移を見てみましょう。
日産 サクラ | 三菱 eKクロス EV | |
---|---|---|
5月 | 178 | 0 |
6月 | 1,675 | 426 |
7月 | 3,319 | 552 |
8月 | 3,523 | 597 |
9月 | 4,247 | 1,058 |
10月 | 1,880 | 480 |
合計 | 14,822 | 3,113 |
9月には、EV購入時の補助金の予算が尽きるという報道があり、一気に受注件数が減っています。補助金を使った場合、ガソリン車の軽トールワゴンよりも安く購入できるというのは、販売台数を押し上げた大きな要因であったことが明白となりました。
価格面だけでなく、軽自動車とは思えない上質で力強く静かな走りは、費用対効果をさらに高めた要因です。
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サクラはゲームチェンジャーになったのか?
サクラの発表会のとき、日産の星野朝子副社長は「軽の常識を変えるゲームチェンジャー」と話していました。発表後およそ半年が経過した現在の消費者、自動車評論家、マスコミの多くは、星野副社長の言ったとおりだったと感じていることでしょう。筆者もそう思っています。
その性能と質感は、想像を大きく上回っていました。サクラ・eKクロス EVに試乗した筆者はもちろん、他のモータージャーナリストの方々も「軽自動車とは思えない」と感想を伝えていました。
では、EVシフトのゲームチェンジャーになるのか?
その答えは「政府のさじ加減ひとつ」とさせていただきます。前述したとおり、補助金がなくなるとサクラの販売台数は大きく減少します。例えば、政府がEV補助金をもれなく出すようになれば、サクラの販売台数は上昇するでしょう。
日本の新車販売の4割以上が軽自動車ですから、国内EV比率を補助金によって加速度的に高めることは可能でしょう。
ただ、EV補助金の財源はどうなの?という指摘が入るのは必至。かといって、政府は2035年にはガソリン・ディーゼル車の販売を禁止する方針ですから……あ、この話になると本題から逸れますのでこのへんで。
軽EVは本当に必要か?
政府が本当に2025年に新車販売のすべてを電動車にできるかどうか、という議論は置いておいても、軽EVは必要だと筆者は考えます。
なぜなら、軽EVは、自宅充電が可能な家に住んでおり、1日あたりの走行距離に問題がなければ、ガソリンスタンドに行かなくてもいい利便性の高い移動手段となります。さらに、自宅充電を、家庭にも設置できる小型風力発電や太陽光発電システム、蓄電池と組み合わせると、サステナブルなカーライフが送れます。それが本当にサステナブルなのか(例えば、太陽光発電パネルを作るときのCO2排出量がどうだとか……)という指摘も置いておいても、人類が化石燃料エネルギーへの依存から脱却する第一歩と考えればいいでしょう。
軽自動車は日本の重要な交通インフラのひとつ、といっても過言ではありません。軽EVでより生活が豊かになる人は少なくありません。
さて、今回は新型軽EV「日産 サクラ」「三菱 eKクロス EV」が、本当にゲームチェンジャーになるのかどうか、について語りました。次回のテーマは「航続距離」。これ、結構勘違いしている方が多いようです。私も含めたメディアが悪いっちゃぁ悪いんですが、EVをはかる代表的なものさしにされちゃっています。詳しくは次回。
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(撮影・文:宇野 智 一部画像:日産)
※この記事は2022年9月現在の情報に基づいて執筆しています。
“編集長のひとり語り”EV談義シリーズ
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